フィギュアスケートや新体操、アーティスティックスイミング、チアダンスなど、アートとスポーツの領域にまたがる「アーティスティックスポーツ」について、ご自身も競技者だった町田樹先生に、髙橋秀明副校長、藤田久美子教諭(保健体育科・ダンス部顧問)がお話をうかがいました。
スポーツか、アートか
新しい学問領域を拓く
髙橋 始めに先生の研究領域をお聞かせ下さい。
町田 私が専攻するスポーツ科学は非常に学際性を帯びているユニークな学問領域です。「学際性」とは、複数の学問領域を横断する研究手法のことを指します。例えば、スポーツ科学と一口に言っても、その中にはスポーツ栄養学、スポーツ心理学、スポーツ医学などの様々な学問領域が存在しているわけです。こうして一つの学問領域に留まらず、様々な学問領域をまたぎながら探究できるところがスポーツ科学の醍醐味です。私はその中でも、社会学、経済学、法学、哲学を横断しながら研究しています。
私がとりわけ研究対象としているのは、フィギュアスケート、新体操、バトントワリング、チアダンスなど、採点競技の中でも音楽を伴いながらパフォーマンスを行う芸術的な採点競技です。私はこれらを総じて「アーティスティックスポーツ」(以降、「AS」と略記)と定義しました。
藤田 私は創作ダンスを専門としています。作品の完成度、展開・構成、表現など観点別に賞が設けられているコンクールもありますが、採点競技は人が介在するのでどうしても曖昧な部分があると感じています。その点をどのように捉えたらよいでしょうか。
町田 私は、コンクールをスポーツ的アート(競う芸術)という解釈から「スポーティブアート」と呼んでいます。ASやスポーティブアートはスポーツとアートの性質が混ざり合う重複領域に存在しています。こうした分野では、パフォーマンスの評価の仕方が非常に複雑になる傾向があります。実際、多くのASにおいて採点は、スポーツ的な価値を評価する「技術点」と、アートとしての表現性を評価する「芸術点」とに二分されています。しかしながら、この「技術点」と「芸術点」をバランスよく採点することは至難の業です。なぜならば、スポーツは客観的かつ実証可能な尺度で評価しなければなりませんが、アートの評価に完璧なる客観性や実証性を求めることは難しいです。その意味において、スポーツとしての評価とアートとしての評価は、時に摩擦を起こしたり、相反したりします、ですから、今でもASでは、「技術点」と「芸術点」のバランスを調整するために、採点基準や採点システムに関するルールが頻繁に改正されています。私はこうしたASの採点システムがいかにあるべきか、どのようにパフォーマンスを評価すべきなのか、といったことをひとつの研究課題としています。
ここでひとつだけ、ASやスポーティブアートの評価において大事なことを挙げるとすれば、それは「批評」です。例えば、陸上競技の100メートル走は「時間」という尺度で評価されます。「9・97秒」という結果が出たとしましょう。この結果を見れば、選手がどれくらい速く走ったのかがある程度わかります。一方で、アーティスティックスポーツではどうでしょうか。例えば、275点とう結果が出されたとしても、この数字を見ただけでは、どんな音楽でどんな表現を行ったのか、どんな技を組み込んで、その技の成否はどうであったのか、演技の個性はどこに見出せるのかなど、演技の内容は一切伝わってきません。ですから、ASの評価においては、競技的なスコアだけではなく、別途に演技を深く洞察して長所や短所などを言葉で論じる「批評」という評価の仕方が必要になります。
真っ白な地図をどう歩くか
その経験は社会でも役に立つ
髙橋 最近、ビジネスシーンでも※アート的思考が注目されるようになりました。
町田 そうですね。これまでの義務教育は画一的で、没個性になりやすい傾向がありました。基礎学力を身につけることの大切さは、私自身も身に染みて感じていますが、自分が培った知識や経験を、自分の内側から沸き起こる創作意欲や自己の外側からもたらされるインスピレーションにひもづけながら、何かを創造することの必要性が高まっているように思います。
そこで注目されたのがアートです。芸術創造には、必ず守らなければならないというルールはありませんし、答えも一つではありません。こうして手段にも答えにも正解がないので、芸術を創造するにあたっては、いやが応にも自分はどうアプローチするのか、という問いを突きつけられます。それは見渡す限り何もないところを手探りで進むような難題であり、経験や知識がないと思考できません。
そうした経験を教育の場で実践できるのがアートの一つである創作ダンスです。学校で得た知識や経験を結びつけながら動きを創造していきます。それは、皆に一様の問題が提供されて、それを決まった理論や公式に当てはめながら解いていく従来の教育とは全く異なり、課題の設定から、その課題へのアプローチ方法や成果物の発表の仕方に至るまで、全てを自らで考えなければなりません。それはまるで、白紙の地図を持たされて、自分の足で歩き回りながら、行き先も行き方もゼロから書き込んでいく作業のようでもあります。これは容易なことではありませんが、何度も経験を重ねていくうちに、いつの間にか自分らしいアプローチの仕方をつかんで、豊かに地図を書き込むことができるようになります。
藤田 私も創作ダンスは教育的価値が高いと感じています。授業では、協働して一つの作品を創るのでコミュニケーションを大切にしています。
町田 それは大事なことですよね。私もダンスの指導をしていますが、身体を使って表現することの難しさを痛感しています。教育現場では身体表現のスキルにこだわるよりも、下手(へた)でもいいから仲間とコミュニケーションを取りながら、決まった答えのない課題に対して立ち向かう姿勢を大事にすべきだと思っています。
藤田 その姿勢は、社会に出ても、役立つのでは。
町田 作品を媒介に創作者と鑑賞者が対話してこそ芸術なので、教育現場でも「創作する→パフォーマンスする→鑑賞する→鑑賞者が作品に対してリアクションをする」という、プロセス全体にフォーカスすることが理想です。創作ダンスでも、そうしたプロセスを通じて習得できる「課題に対して立ち向かう力」「表現する力」は、社会でも必ずや役立つはずです。もちろん創作ダンスにかぎらず、体験により学んだことを抽象化して、他の場面でも活用できる人は強いと思います。
予期せぬ出会いのために
自分の中の感性を刺激しよう
藤田 創作のきっかけは曲ですか。テーマですか。
町田 大抵は音楽です。音楽を聴くとテーマや心情、物語などが降りてくるので、それをふくらませていくという感じです。
私は「情報を雑食する」ということをモットーとしていて、本にしても音楽にしてもジャンルを問わずに触れます。CDの「ジャケ買い」のように、本の装丁がかっこいいから買ってみるということもしますし、好きではないものにもあえて触れます。情報を雑食すると、それらの中から自分の琴線に触れるものと出会う確率が高くなります。その刺激が何かを始めるきっかけになります。
大学で授業を担当している「メディア論」の文脈で語ると、スマホのニュースなどに表示される情報はAIが所有者の趣味嗜好にそって選抜したものなので、そればかり見ていると自分の好きな情報だけに囲まれてしまいます。その現象をフィルターバブルと言いますが、イノベーションを起こすにはフィルターバブルから脱却し、自分の中に眠る未知の感性を刺激することが大切です。そのためにも情報の「雑食」をおすすめします。「予期せぬ出会い」を自分の人生の中にもたらすことが、イノベーションの肝なのです。
藤田 先生は現役時代に「氷上の哲学者」と呼ばれていました。
町田 それこそメディアが作り出した虚像です(笑)。大学生の時に「授業に関連する『ヘーゲル美学講義』という哲学書を読んでいる」と何気なく話したら、曲解され、メディアによって誇張され、その本が愛読書になり、私は「哲学者」になりました。メディアによって印象やイメージがデフォルメされて広まったわけです。私は大丈夫でしたが、ギャップの大きさによっては苦しむ人もいます。
昔は芸能人など特権的な人しか考えなくてよいことでしたが、SNS時代は全員が発信者です。誰もが当事者になり得ます。SNS上の自分を、本当の自分よりもよく見せたり、悪いところを隠したりしているうちに、次第に本当の自分とメディアの中の自分が乖離していきます。この両者が離れすぎると人格が混乱して苦しくなるので、SNSの使い方にはくれぐれも気をつけてほしいです。
髙橋 40年前、たまプラーザキャンパスはグラウンドと体育館だけでした。そこに人間開発学部が誕生し、今年観光まちづくり学部もできました。変化する國學院の象徴ともいえますが、國學院大學の魅力や可能性についてお聞かせいただけますか。
町田 今の世の中では、多くの大学が実利的な側面を重視せざるを得なくなっています。もちろん本学も力を入れていないわけではありませんが、文化や芸術を重んじる気風があり、とりわけ人文社会学系の学問に力を入れています。こうした学問がもつ可能性を信じている國學院大學に、私は愛着を抱いています。
【取材日/令和4年6月29日】
アート的思考 自分の内側から湧き上がってくる感情や感覚を、自由に追求して作品を生み出すアーティストの思考法をビジネスなどに応用し、これまでにない革新的な商品やサービスを生み出していくことを目指す、近年注目を集めている思考法。新しい商品もすぐに古びてしまう現代、これまでの発想から自由になって「何を生み出したいのか」を突き詰めることにより、独創性にあふれた商品やサービスを提供できると考えられる。ユーザーのニーズを深く掘り下げて解決策をさぐることによって、満足度の高い商品を生み出そうとする「デザイン思考」と対をなす。 |