國學院大學久我山中学高等学校
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学びの泉・学びの杜 〜研究最前線 國學院の今~ 第4回

第4回 高橋 信行 教授(法学部)

國學院大學の学びを紹介する「学びの泉 学びの杜」。今年度のテーマは「研究最前線」。
各学部の先生方の学びとの向き合い方にフォーカスします。第4回は、法学部法律科教授の高橋信行先生です。
世の中を動かしたいという思いから法を学び、行政法の専門家という立場で地域の問題解決に取り組む高橋先生に、「法」の重要性や向き合い方について伺いました。

 

 身近な生活に潜む行政法
 ―社会をより良くするために

 ――法学との出会いを教えてください。

 中学・高校の頃は国家公務員になりたいと思っていました。ただ、体力に自信がなかったので、きつい仕事は無理だと思い、あきらめました。高校の物理や化学が楽しかったので、理系の研究者を目指そうと思い、東京大学理科一類に進学しましたが、具体的に何を学ぶのか。何を研究するのかを考えていませんでした。僕らの時代は今のように進路指導が確立されていなかったので、しっかり調べて、考えて、進路を選ぶということをしていなかったのです。
 このままでは中途半端になりそうだな、と思っていたときに思い出したのが、中学・高校の頃に抱いた「国家公務員になって世の中を動かしてみたい」という気持ちでした。当時、「行政法」について考えたことはなく、現在の自分を想像もしていませんでしたが、法学部に移り、法律の勉強を始めました。

高橋 信行 教授(タカハシ・ノブユキ)
1974年福岡県生まれ。東京大学法学部卒業。東京大学法学政治学研究科博士課程修了(公法)・行政法専攻。専門は行政法。2005年國學院大學に赴任。行政法を研究しながら、国家における国会・内閣・行政の役割分担という広いテーマや、「地域公共交通の再生と地方自治体の役割について」など、公共交通の問題にも取り組んでいる。東京都公文書管理委員会委員。著書に『共和国の崩壊と再生―ルネ・カピタンの民主制理論』(弘文堂 2024)、『自治体職員のための ようこそ行政法』(第一法規 2018)、共著に『学生生活の法学入門 第2版』(弘文堂 2024)など。


 ――大学入学後に理系から文系の学部へ移る不安はなかったですか。

 中学・高校の頃に理系・文系という枠にとらわれず、まんべんなくある程度の知識を身につけていたので、法学部へ移ることへの不安はありませんでした。

 ――大学のゼミではどのようなことを学びましたか。

 身近なトラブルには主に民法、刑法、行政法が関わっていますが、ゼミでは行政法の判例(裁判の先例)を学ぶことが多かったです。ちなみに「行政法」は法律名ではありません。行政に関わる様々な法をまとめて「行政法」と呼んでいます。ですから、その当時、有名な判例を学んだり、新しい判例を調べたりすることによって、行政に関連する様々な法律を学ぶことができました。

 ――卒業後の進路についてはどのように考えていましたか。

 私は元々、人がどう動くと世の中がどう変わるのか、ということに興味があり、中学生の頃は「三国志」や「史記」、ナポレオンに関するものなど歴史本や小説、漫画などを夢中で読んでいました。将来に役立つからではなく、面白いので趣味として読んでいました。
 今、思うと改革が好きで、社会の改革はどのように進んでいくのだろうと思ったことが、法に興味をもったきっかけだったような気がします。いろいろな改革の歴史などを紐解いていくうちに、法律を学ぶことの意味が深まっていきました。
 まず国家公務員の試験を受けましたが、うまくいきませんでした。職場の雰囲気を見て自分には少し合わないような気もしていたので、東京大学の大学院に進み、論文を書いて研究者になろうと決めました。研究者は自分で研究テーマを決めて探究できます。大学の教員として学生に教えるだけでなく、研究者として社会改革に携われることを知り、自分のやりたいことができる職業の一つかもしれないと思いました。。

 ――中高時代に友だちと進路について話したりしましたか。

 友だちと将来について熱く語るということはあまりなかったと思います。みんな、わりと自分というものがしっかりしていて、自分の進みたい分野をそれぞれ持っていると感じていました。
 ただ、不思議なものでして、社会人になってからは逆に中高の同級生とよく語り合うようになりました。それぞれどのような分野に進んで、どのように働いているかを知ることは、自分の人生を考える上でも参考になります。みなさんも、学校の仲間たちとつながり続けるようにしてください。


 法学部では判例が何よりの教材

 ――先生のご専門である「行政法」について教えてください。

 中学・高校のときには、「公民」や「政経」で政治や憲法のことを少し学びますが、逆に日常生活に関する法のことは学ばないようです。例えば、民法では「物を買った後に、その物が壊れてしまった場合、修理、あるいは返金を求めることはできるのか」という場面が出てきますが、このような事例を想定すると法の重要性がわかると思います。
 法律の中でも「行政法」は、私たちの生活と密接に関わっています。行政法により仕組みを変えたり、逆に維持したりすることによって、経済の発展や自然環境の保護、社会格差の是正等が変わっていくので、皆さんの未来をより良い方向へ導くものとして行政法に関心を持ってほしいですね。

 ――授業やゼミでも、そのようなことを意識されていますか。

 学生には社会の一員として、世の中を良くしていこうという意識を少しでも持ってもらいたいので、授業やゼミがそのためのトレーニングの場となるよう心がけています。
 ゼミでは、例えば「都市計画」や「生活保護」など、行政法の様々な判例により現状を知り、社会の仕組みを学び、問題点を考えたり、より良く解決するための方法を出し合ったりしています。
 もちろん法律の情報を学ばなければいけないところはありますが、授業やゼミでやると堅苦しいですし、細かいことを言っても伝わりません。そもそも覚えられないので、判例を通して様々な法律に触れながら、「行政法」によるものの見方や考え方を身につけることを大切にしています。

 ――生活保護は難しい問題ですよね。

 「生活保護」は生活費に困っている人に対して、行政が生活費を支給する仕組みです。税金で賄われるため、行政側には生活保護法に基づいて、本当に支援が必要かどうかを正しく判断することが求められます。私のゼミには公務員志望の学生が多いので、その立場に立ってもらい、判例を題材にいろいろな事情を加味して考える、ということをしています。
 例えば「生活費の打ち切り」という事例では、本当に打ち切りが必要だったかどうかを、事例をもとに考えてもらいます。あるいは、裁判所が「生活保護の打ち切りは違法である」と判断した場合、行政の判断のどこが間違っていたのだろうか、といった質問を投げかけて答えてもらうこともあります。
 その際、学生たちが理由をつけて意見をしっかり言えるかというと、なかなかそうはいきません。こちらから手助けをすることもありますが、どういう状況なら「生活保護」という選択ができるのか。あるいはできないのか。この仕組みはどのように社会の役に立っているのかなど、「生活保護」という仕組みを多角的な視点で考えることはできているのではないかと思います。


 法律は身の回りにある

 ――先生の研究分野を教えてください。

地域公共交通として注目されている宇都宮ライトレール

 研究者になった当初は、国や地方自治体などの公文書を国民に対してオープンにする流れがあったので、情報公開制度を研究していました。その後は、ドイツやフランスの憲法の仕組み、そして地域公共交通(電車や路線バス等)などを学びました。
 「地域公共交通」は興味から入ったというより、政府が主管する審議会の委員になり、仕事を任されて対応しているうちに、どんどん詳しくなりました。今、人々の関心が高いテーマなので、ホームページで記事を公開すると取材依頼がよく来ます。研究成果を生かして少しでも社会に貢献できれば本望なので、前向きに対応しています。
 例えば、国学院久我山の隣に「東八道路」という広い道路がありますよね。この道路、昔はなかったのですが、行政法を用いて道路を新しく造ったことにより交通が便利になり、渋滞が減りました。

 ――本校でも中央道に入るまでの時間が短縮され、そこから東名、あるいは関越へのアクセスもよくなったので、バスを使う校外学習などは非常に楽になりました。道路が広くなった分、横断歩道の青信号の時間を長めに設定してくださり、生徒の登下校も問題なく行われています。

 安全面もちゃんと考慮されているのですね。あの道路は計画から完成までに何十年もの月日を費やしましたが、東京都の職員の皆さんの努力により達成した事例の一つです。

 ――なぜ、そんなに時間がかかったのですか。

  多かれ少なかれ反対運動が起きるので、行政側が二の足を踏んでしまうのです。強力なリーダーシップを取れる人が現れて、舵をとってくれないとなかなか進まないので、そういう意味では知事を選ぶことも重要です。

 ――法改正の数を調べたら、年間100〜150と非常に多くて驚きました。

 戦後40〜50年は似たような仕組みが続いていましたが、ここ20〜30年は法律が大きく変わる局面が多かったように思います。行政法だけでなく、民法、刑法も含めて、ほぼ全分野でリニューアルされています。
 本学の窓から眺められる景色も、行政法の仕組みが変わって高層ビルだらけになっています。30〜40年前にはこんなになかったと思います。
 1つの分野でいうと、だいたい10年、20年に1回は大改正があります。業界ごとに法律があるので、社会人になればその都度、調べて、対応していかなければなりません。ですから学生には、社会人になっても法律が身近にあることを忘れないでほしいと思っています。


 法律を学んで安心できる社会を

 ――暮らしの中で、私たちはどのように法律と向き合えば良いのでしょうか。

 自分に関係のある法律が改正されたときに、概要を把握すればいいと思います。例えば、子どもを保育園に預けて働こう、と決めたら、保育園の制度に関する法律に目を通すと思います。その後、法改正が行われたら、概要を把握するという感じですね。その後、その法律に興味関心を持ったら、深く学べばいいと思います。
 親の介護が必要になったら、介護保険など高齢者に関連のある制度を調べると思います。それも同様に、その法律に興味関心を持ったら深く学べばいいと思います。また、介護保険制度が改訂されたら、法律そのものを見ても複雑でわかりにくいことがあります。解説しているマニュアルやガイドブックなどを見てもらうだけでも十分かと思います。

 ――近所に何十年もの間、放置されている空き家があって、草木が伸び放題でした。ところが最近、伐採されて家が姿を現しました。それも法改正と関連があるのでしょうか。

 空き家やごみ屋敷は10年ほど前に大問題になり、新しく法律ができたので、あちこちで撤去されています。これも成功した仕組みの1つです。ごみ屋敷も10年ほど前に法律が改正されました。付近の住民が署名を集めて市役所に提出すると、強制代執行という形で対応してくれることがあります。意欲的な自治体は次々とごみ屋敷を撤去しています。
 一方、あまり活用されない法律もあります。例えばLRTといった新しい公共交通を建設する際、国から自治体に補助金が支給されるのですが、その額が少ないと自治体の士気が下がります。新たな交通の必要性を感じていても、財政難の中で二の足を踏む自治体が少なくないのです。そのため富山と宇都宮はうまくいきましたが、その後、広がりを見せていません。
 問題は資金面だけではありません。鉄道ができれば、現在、運行しているバス会社にも影響が出るので、調整が必要になります。市役所の交通政策部門などに配属されると、将来に向けたプランを立てて、既存のバス会社と交渉します。そういうことにやりがいを感じてくれる子が、法学部で学び、公務員になってくれるといいなと思っています。

 ――鉄道に興味をもっている子もいれば、地方創生に関心をもっている子もいます。子どもたちが自分の興味関心に気づいて、その道に進んでくれるといいのですが。

 そのためには、子どもたちが自分の目で見て、考えることが必要です。私は都心の学校と地方の学校が連携して、2、3週間程度の交換留学ができないかな、と考えています。例えば「限界集落実習」のような形で義務教育のカリキュラムに組み込んで、青森、島根、愛媛……、その辺りの学校と連携して留学を実施できれば、成果を期待できるのではないかと思います。


 一通り学ぶ、学び続ける

 ――大学、および大学院で「公務員講座」を担当していらっしゃいますが、公務員の仕事の魅力についてお聞かせください。

 公務員と言っても実にいろいろな職種があるので、自分の希望や適性に合った公務員を選ぶ必要があります。逆に言うと、適性があっていれば魅力的ですし、そうでない場合には無理して公務員になる必要はないかもしれません。ただ、私が仕事の関係で会う公務員の人たちは何だか楽しそうに仕事している人が多いので、外からはなかなか分かり難い魅力があるのかもしれません。
 昨年の卒業生に、総務省に入った人がいます。能登半島の奥のほうの出身で、地元が抱えている問題に関心をもったことから本学に進学し、地方を良くしたいという思いを強くもって4年間、しっかり勉強していたので優秀でした。その人が「地方には議員のなり手がいない」と言っていました。何かをやろうと思ったら、議員になるという選択肢もあると思います。

 ――法学を学んでよかったと思うことを教えてください。

 法学は世の中のルールですよね。世の中の何かを変えていきたいと思ったら、その先には必ず法律があるので、そういう意味では、法律を学んだことにより、社会の基盤を作っているという感じはしますね。法律を変えるときは、旧勢力と新勢力が真剣にバトルして、最終的には多数決で決まるので、法律の改正により社会の動きが変わります。そこが非常に面白いなと思います。

 ――大学の先生というお立場から、中高生にアドバイスをいただけますか。

 将来的なことを考えたら、中学生、高校生のうちからいろいろなことに興味をもって学んで、なるべく苦手なことを消しておいたほうがいいと思います。文系・理系の区別なく、必要最小限のことを理解しておくと後々助かります。
 例えば、行政法の判例に騒音問題があります。 電車が通ると70デシベルの騒音が出る、それは基準(約67デシベル)を超えています。ところが、「たった3デシベルの差だから大したことはない」と考える人が時々います。果たしてそうでしょうか。3デシベルはエネルギーでいえば2倍くらい違います。「2倍違うから大変」と言っても、デシベルというものがわかっていないと議論にならないことがあります。
 原子力発電所の配管が、ほんのわずかな揺れ(振動)による金属疲労で根元から折れました。物質には固有振動数というものがあるのですが、この固有振動数と揺れの振動数がぴったり合うと折れる可能性が高まるのです。このような原理を知らないと裁判の争点が全くわからない、ということが起きます。
 教育のしくみにより、高校生になると文系の人は理系の教科を、理系の人は文系の教科を学ぶ機会が少なくなりますが、一通り学んでおくことを心がけてほしいですね。また、今の時代、社会の変化が速すぎて、10代や20代に学んだこともどんどん古い知識になってしまいます。ですので、少なくとも60代くらいまでは、ずっと勉強し続けるという息の長い「やる気」が必要です。今勉強が得意で成績が良い人も、逆に勉強が苦手で成績の悪い人も、まだまだ勉強は始まったばかりということで、淡々と、一喜一憂せずにずっと勉強し続けるという心構えでいてください。そうすると、きっと50代・60代になっても活躍できる人材になれると思います。

【取材日/令和6年9月19日】