國學院大學久我山中学高等学校
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学びの泉・学びの杜 〜研究最前線 國學院の今~ 第6回

第6回 神事 努 准教授(人間開発学部)

國學院大學の学びをご紹介する「学びの泉 学びの杜」。今年度より、各学部の先生方の学びとの向き合い方にフォーカスします。第6回は、人間開発学部准教授の神事 努先生です。大谷翔平選手らの活躍で認知が広がる「バイオメカニクス」のスペシャリストに、今、スポーツ界で注目されている背景や、健康体育学科で理系分野を学ぶ価値を伺いました。

 

 テクノロジーの進歩がスポーツを変える

 ――「バイオメカニクス」は、どのような学問ですか。

 バイオメカニクスのバイオは「生体」という意味。メカニクスは「力学 」という意味です。ですから「生体力学」と訳されることが多いです。まさに力学的な観点で生体の構造と動きを解析し、その結果を応用する学問で、物理(初等力学)や数学、解剖学などと関わりが深く、様々な研究がスポーツや医療分野を中心に活かされています。
 私は野球を中心に、主に人の体の動きを研究しています。カメラやコンピュータを用いてデータを測定し、評価・分析を行います。動きを数値化し、わかりやすく説明することによって、選手の成長の仕方が変わってきているという実感があります。
 例えば、ホームランを打つ条件の一つに筋肉量(除脂肪体重)があります。75kg以上必要であることがわかっているため、ホームランをたくさん打ちたい選手は、そこを1つの目標ととらえてトレーニングに励みます。
 技術的な数値で関心が高まっているのは、ピッチャーの投球が、バッターボックスに立つ自分のもとへ到達するときの角度(入射角)です。その入射角に、自分のバットの軌道を合わせることができれば空振りが少なくなります。球を点ではなく、線でとらえることができるからです。
 当然のことながら、それは容易なことではありません。選手によって体格もフォームも利き腕も違いますから。自分でチューニングする能力が必要になりますが、試行錯誤しながら高度な技術を自分のものにした選手は、とんでもない成果を上げています。
 大谷翔平選手しかり、サイエンスを活用している選手が、これまでにない活躍をすることで、特にアメリカのメジャーリーグでは、データを扱えるアナリスト、データサイエンティスト、バイメカニストの雇用が増えています。

 ――時代の変化を感じますね。

 バイオメカニクスはテクノロジーの進歩に伴い、進化してきた学問といえます。スポーツの曖昧な部分を、感覚的なものだけでなく、数値という根拠をもって説明できるので、選手はより効率的にパフォーマンスの向上を目指せるようになり、成長の仕方が変わってきています。

 

 動きをきちんと説明するために

神事 努 准教授(ジンジ・ツトム) 1979年長野県生まれ。バイオメカニクスを専攻し、中京大学大学院にて博士号 (体育学) を取得。 国立スポーツ科学センター研究員、国際武道大学助教を経て、2015年國學院大學人間開発学部助教。 2017年より准教授。北京オリンピックでは女子ソフトボール日本代表チームをサポートし金メダル に貢献。2016年まで東北楽天ゴールデンイーグルスの戦略室R&Dグループに所属しチームの強化を 推進。ボールの回転軸の方向や回転速度が空気力に与える影響について明らかにした論文で、日本 バイオメカニクス学会優秀論文賞を受賞。現在も、多くのプロ野球選手の動作分析やピッチデザイ ンを行う。NHK BS「球辞苑~プロ野球が100倍楽しくなるキーワードたち」などにも出演。

 ――なぜ、バイオメカニクスの道へ進んだのですか。

 野球で肩や腰を壊したこともありますが、最も大きな影響を受けたのは、野球部の監督との意見の相違でした。大学の野球部は、選手が主体的に考えて練習する環境ではありませんでした。理不尽な言動がひっかかり、疑問に思うことが増えていきました。自問自答したり、質問したり、腑に落ちないことには抗ったり……。もがいてはみたものの、多様性を失っている気がして、野球部を辞めました。
 時間ができた分、没頭したのがバイオメカニクスです。大学の授業の中でも、「生理学」や「バイオメカニクス」で学ぶ内容はものすごくショッキングでした。例えば、「一流選手の動きの言語化」という講義では、当時現役だったイチロー選手と松井秀喜選手を例に挙げて解説。両者の動きのすごさもさることながら、説得力のある説明に驚かされました。その頃は高校の保健体育の教員になって、野球部の指導をしたいと考えていたので、根拠をもってきちんと人の動きを説明できる「バイオメカニクス」という学問に惹かれたのです。
 その先生のゼミはすごい人気で、希望者が約60名いました。人数を絞るためのじゃんけんで負けてしまったのですが、どうしても諦めきれず、皆がいなくなった頃に先生を訪ねて「バイオメカニクスを学びたいです」と直訴しました。すると先生は「学問とはそういう姿勢で向き合うものだ」と言って、ゼミに入れてくれました。
 あのとき行動していなければ、今の自分はなかったと思います。授業は90分×15コマですが、研究室は年中出入りできたので、朝7時にいらっしゃる先生よりも必ず早く行って、研究活動に取り組みました。

 ――卒業論文のテーマを教えてください。

 トップアスリートの3次元動作解析です。硬式野球部にお願いして8名の投手に協力してもらい、投球動作における足の使い方について考察しました。まず、各選手の投球動作を3台のハイスピードビデオカメラで撮影。その画像に数学的な処理を施してデジタルデータを作りました。今は自動でできますが、当時は手作業で行うしか方法がありません。
 パソコンの画面上で、1コマずつ、特定の位置(すべての関節)にカーソルを合わせてクリックすると数値が出ます。同じ位置を3方向から座標化することにより、奥行きの数値も出ます。1秒間に200コマ程度撮れるので、1つの動きに関するデータを作るには、多くの時間と労力が必要でしたが、その分、完成した瞬間に湧き上がる喜びは格別でした。
 その、自分しか持っていないデータを駆使して、自分しかできない解釈をしていく作業はものすごく知的、かつオリジナリティに満ちていて、楽しかったです。
 私はプラモデルが好きで、 幼少期から手順を考えながら作っていました。プラモデルはよくできている製品で、はめ方を間違えると接続できないようになっているパーツがあります。それはプログラミングの思考で、バイオメカニクスにも関連する一つの学問領域ではありますが、バイオメカニクスの思考は多様です。一人ひとり違っていい、というところに魅力を感じました。

 ――創造性の高い作業だったのですね。

 すでにわかっていることをインプットする、いわゆる「勉強」ではなく、まだ、世の中にないものを生み出してアウトプットする、「研究」が性に合っていると感じたので、大学院に進みました。
 博士論文(2006年)はボールの回転の解析でした。1970年代の教科書に、当時のカメラを使った実験結果が掲載されていたのですが、精度は今ひとつでした。論文としても再現性が低く、そこが研究の出発点になりました。
 30年前と比べて、計測方法に大きな違いはありませんが、コンピュータの処理能力が飛躍的に向上したことで、より精度の高い解析が可能になりました。私はこの技術的進歩を活かし、ボールの回転数や回転軸の方向を、線形代数を用いて数学的に求めました。尚かつ、実際にピッチャーに投げてもらい、ボールがどう変化するのかを空気力学的に考察しました。その論文は、数学的に求めたことを評価していただき、日本バイオメカニクス学会優秀論文賞を受賞しました。
 それからは、投手が投げるボールの回転に関する指の状況や、ダイナミクス(動力学)など、力学的な解析を中心に研究しています。2007年頃からボールの追跡ができるようになり、2014年にトラックマン(弾道計測器)が導入されて、ようやく時代が追いついた感があります。

 ――トラックマンとは?

 イスラエルが開発した、弾道ミサイルを迎撃する「パトリオット」のシステムを応用したものです。日本のプロ野球でも、トラックマンを導入する球団がいくつかあり、その1つにデータ解析などの支援を依頼されて、2年半ほど在籍しました。当時の若手選手たちがデータに興味をもってくれて、一気に浸透しました。

 

 「バイオメカニクス」の授業は1年後期から

 ――健康体育学科の学生はほとんどがスポーツ経験者ですか。

 そうですね。ただ、スポーツ経験者であってもトップレベルの選手は少数です。むしろ何かしら挫折している。後悔が残っている。次のステップを悩んでいるなど、入学当初は悶々としている学生が多いような印象です。マネージャー経験者もいます。

 ――在学中に、自分がやりたいことを見つけられそうですか。

 そういう意味では、カリキュラムがうまく設定されていて、1年次の「専門基礎演習」では「自然科学」「人文科学」「社会科学」、3つの領域で、健康、スポーツ、体育を見ていきます。学生は4人ずつの4班に分かれるので、それぞれの得意科目、不得意科目がかみ合うと、苦手な分野も案外楽しく学べます。
 2年生になると、前期と後期に演習があり、計8演習を通して、少しずつ専門分野に近づく形で学んでいきます。1年次はそれぞれの学問領域に対して、ぼんやりとしたイメージしか持っていないと思いますが、徐々に解像度を上げていって、ゼミを選択します。

 ――学生が「バイオメカニクス」の授業を受けるのは、いつ頃ですか。

 本学部には「初等教育」「健康体育」「子ども支援」という3つの学科があります。私の授業は健康体育学科の必修科目で、1年生の後期に全員が受講します。
 中には「数Ⅲまで履修しました」「共通テストで数学を受けています」という学生もいますが……。多くは文系で、数学でいえばほとんどが数Ⅰ、数Aで終わっています。そのため、授業が始まる段階での理解度には大きな差があり、学生によってスタートラインが異なります。嬉々として取り組む学生もいれば、全く興味をもてない学生もいます。ですから授業では、ビジュアル化したり、現場の話をしたりして、学生に訴えかける努力をする一方、データの活用では難しいことも提示しています。
 今はYouTubeなどでも手軽に学べますが、学びには「わかりにくい」と「わかりやすい」の軸と、「間違い」と「正しい」の軸があります。大学の授業が正しさを失うことはあり得ません。もちろんわかりやすい授業を目指していますが、私の授業では、納得いくまで粘り強く考え抜く、知的耐性を養うことを意識しています。100人の学生全員に面白がってもらいたいと思っていますが、実際にはそのうち3人程度でも深く興味を持ち、将来スペシャリストとして活躍してくれたら嬉しい、という思いを込めて授業を作っています。

 ――ゼミにはどのような学生が入ってきますか。


 基本的には、専門基礎演習で「バイオメカニクス」を面白いと感じて、2年次でも「スポーツバイオメカニクス演習」という授業に興味をもって学んできた、という学生が多いです。
 最初は、大学生になってまで三角関数をやらなければいけないんだ、と思う学生のほうが多いかもしれませんが、学んでいくうちに、速度、力、パワー(速度×力)、エネルギー、それぞれの違いに気づいて、こんなふうに表されるのか、と驚くような学生が、バイオメカニクスに興味をもって入ってきます。

 ――ゼミの特色を教えてください。

 私は比較的、社会との接点が多く、野球の大会運営を行う組織から仕事の依頼をいただくので、その都度、学生のアナリストチーム(3人1組)を編成し、現場に行ってもらっています。国内だけでなく、中国、台湾、韓国などで行われる海外の大会に遠征することもあります。
 仕事の内容は、データの測定とフィードバックなので、日頃の学びを活かすことができます。現場に行けば、選手だけでなく、連盟職員の方々、監督さん、コーチの方など、大人との接点もあります。その世界で活躍してきた方々の中で、学生はデータの専門家として見られるため、立ち振る舞いなども含めて、自分自身がどうあるべきかを意識するようになります。メールのやり取りや、データをどういう形で仕上げて、誰に持っていくのか、報告書を書くのか書かないのか、など、仕事に関するすべてに対応するため、単なるアルバイトではなく、職業体験のような機会になっています。
 そういうことに積極的に取り組む学生は、その後、大学院へ進学します。本学部には大学院がないので、他大学の大学院です。2024年に卒業した学生の中には、日本のプロ野球の球団にアナリストとして採用された学生もいます。学生時代に実践を通して学べる環境が整ってきたので、そういう学びの積み重ねに貪欲な学生が増えてくれると嬉しいです。

 

 日米のスポーツ環境、どこが違う?

 ――野球以外の競技を希望する学生もいますか。

 もちろんいます。陸上やバスケットボールのコーチングがしたいという学生は、教職志望であったり、外部指導員志望であったり。必ずしもバイメカニストを目指しているわけではありませんが、指導者がバイオメカニクスを学ぶ。オリンピックのメダリストがバイオメカニクスを学んで、現場で指導をする。バイメカニストが指導の最前線に立ってパフォーマンスを上げていくなど、様々な形でバイオメカニクスの学びが活かされています。

 ――バイメカニストの適正とは?

 飛躍することなく物事を説明できて、ゴールまで導ける人が望ましいと思います。論理的思考力は必須です。そこに文系・理系はあまり関係ありません。文章をわかりやすくきれいに書くということは、接続詞を適切に使って結論を導くことですから、実は論理的で、数学的な部分とも相性がよいのです。
 具体と抽象の行き来もバイメカニストの適正の一つです。具体的な理解と抽象的な理解によって、物事の理解はさらに深まっていくと思います。
 また、プログラミングも大切な学びです。プログラムを書き、力学的に論理づけることが必要だからです。

 ――バイメカニストの現在地を教えてください。

 バイメカニストという職業は、メジャーリーグでは完全に成立しています。バイメカニストとして誰がいるのかによって、チームが評価されることもあります。
 トレーナー、データサイエンティスト、アナリストに続く職業として、バイメカニストの存在感が増しているアメリカと比較すると、日本は20年ほど遅れをとっているような気がします。
 なぜなら、日本の今の状況が、20年前のアメリカとよく似ているからです。バイオメカニクスに、①データの計測 ②データの評価・分析 ③データの活用 という3つのステップがあるとしたら、①の「計測」はできる環境にありますが、②の「評価・分析」と、③の「活用」は、十分にできる専門家がまだ少ないのです。
 可能性を秘めた、魅力的な分野であることは確かなので、そういうことができる人を育てることが、本学科のやるべきことであると考えています。

 ――アメリカのスポーツ環境とは?

 アメリカのNCAA(全米大学体育協会)は、1週間の練習時間を20時間以内と定めています。練習日が週5日であれば、1日4時間。試合で丸1日活動すれば、1日2時間半〜3時間程度になります。短い時間の中でもしっかり育成させるには、効率の良い方法を選択するしかありません。そう考えると、サイエンスしかないのです。
 日本の高校からアメリカの大学に進み、どちらのスポーツ環境も知っている選手の話によると、勉強が本分なので、練習時間が短い。だから自分自身で体のケアやトレーニング、栄養など、必要なことについて学び、自分で実践するしかないそうです。それこそ、自立したアスリートが生まれる環境であり、日本とは大きな違いがあると感じました。
 メジャーリーグでは人の教育が非常に進んでいます。それは、私の人生でやらなければいけないことの1つだと思っています。

 ――最後に、中高生へのメッセージをお願いします。

 私は高校時代に数学、英語が全くできませんでした。物理に至っては履修していませんでした。でも、この業界に入ったら、「できない」とは言っていられません。数学、物理、英語だけでなく、プログラミングも独学で習得しました。
 社会に出れば文系も理系もなく、学校で学んだことは自分のキャリアを築く上で、何かしら役に立ちます。今も、学校でもっと勉強しておけば良かった、と思うことはありますが、それは、やりたいからできる、とも言えます。学ぶためには、まず「好き」になること。それを探してみましょう。
 バイメカニストは、バイオメカニクスの研究価値を認める人がいたから生まれた職業です。野球だけでなく、陸上、水泳、フィギュアスケートなどは、バイオメカニストが競技団体を支えています。仕事と直結する学問であり、アメリカでは、すでにジョブ型採用(必要な職務に適したスキルや経験をもつ人材を限定して採用する方法)されている、勉強のしがいがある学問ですので、ぜひ注目してください。

【取材日/令和6年10月8日】